ロシアによるウクライナへの侵攻は決して許せない暴挙であるし、毎日、ニュースでウクライナの人々の被害を目にするたびに、胸中にある首謀者への嫌悪感がどんどん濃く、重くなっていくのが分かります。こんな悲しいニュースはもう見たくありません。
この事態を終わらせることができるのは偏にロシア国民自身だと思います。その一刻も早い行動を願うばかりです。
一方、日本を含むG7各国は今、厳しい経済制裁で応じています。
この制裁は近来稀に見る規模であり、その影響が世界経済に及ぶことも厭わない、関係各国の本気度も伝わってきます。
新聞やテレビの報道でも順次報道されていますが、本ブログでは、そのうち、日本からの輸出規制と、日本への輸入規制についてまとめてみます。
ウクライナの親ロシア地域からの輸入を禁止した。
今回の侵攻に対する制裁措置として最初に実施されたものは輸入の禁止措置です。
ロシアからの輸入貨物ではなく、ウクライナの親ロシア地域からの輸入が、本年2月26日から輸入貿易管理令の2号承認品目に追加されています(→ 輸入公表の改正)。
今まで、ウクライナのクリミア(半島)地区を原産地とする輸入貨物が、品目に関わらず経済産業大臣の輸入承認が必要でした。今回、その対象範囲が拡大され、ウクライナの「ドネツク人民共和国」を自称する地域と、「ルハンスク人民共和国」を自称する地域を原産地とする全ての貨物も同様の承認がなければ輸入できないこととされました。
この承認制度は、外為法を受けた輸入貿易管理令第4条第1項第2号の規定に基づくので、「2号承認」と言われていますが、地域と貨物を指定したうえで、輸入の承認申請がされても承認しないことで、実質的に輸入を禁止するものです。(→ 詳しくは、こちら)
この「2号承認」貨物は、他に例えば、北朝鮮原産の全貨物や、イラクやシリアでの紛争に乗じて不正に入手した文化財などが掲げられています。
一方、ロシア産の品物は、原油や天然ガス、鉱物資源などを含め、まだ輸入が禁止されている訳ではありません。
(追記:このブログをアップする時点では輸入禁止措置はありませんでしたが、2022年4月12日に、アルコール飲料等、HS4桁(一部6桁)ベースで38品目の輸入禁止措置を発動(実施は、4月19日から)しました。(→ こちら)詳細は、この後のブログで説明する予定です。(4/13))
関税による制裁の有効性はどうか。
3月11日に、米国バイデン大統領は、ロシアに対する関税上の最恵国待遇を打ち切ると表明しました。この措置は、米国では北朝鮮やキューバからの輸入貨物と同様の厳しい措置であると説明されています。
最恵国待遇の不適用という手法は、日本では元々の税率が低いので、輸入制限として同様の効果は期待できないと思うほか、WTO協定(国際協定、国際約束)の不履行という点で、若干の違和感がありますが、その話題はまた、別稿に譲りたいと思います。
(追記:日本政府は、4/5現在、ロシア原産の全品目について、今年度中、WTO協定税率(最恵国税率)を適用しないことを内容とする法案を国会に諮っています。当該法案(→こちら)が成立しましたら、今後のブログで説明したいと思います。)
(追記:当該改正法は、4月20日に国会で可決、成立しました。実施は、4月21日から、令和5年3月31日までとなっています。改めて、こちらのブログ(→ ロシアを原産地とする品物はWTO税率不適用に)で解説しています。)
一方、日本は、先に説明したように、既に北朝鮮産の貨物は全て輸入を禁止しています。
これは、北朝鮮の全面非核化や日本人拉致事件の解決の見通しが立たない中で、日本独自の制裁措置として、2006年から継続しているものです。
ただ、実施後16年を経てもなお状況の改善が捗々しくないことを考えると、その実効性を測るのは難しい。
今回の対ロシア制裁としての輸入承認の実効性も、ウクライナ国内の当該地域から輸入されている貨物の種類や量に左右されるでしょう。
輸入通関手続への影響はどうか。
他方、日本の輸入手続全般に関して、税関での審査、検査及び調査への影響が少しあるだろうと思います。それは、「迂回輸入」への警戒です。( → 「ドネツク人民共和国」等を原産地とする貨物の輸入禁止措置に伴う税関の対応)
ウクライナの当該地域からの貨物が別の地域を経由して(迂回)輸入されることがないよう、周辺の地域や東欧諸国、或いは中央アジア諸国からの貨物について税関のチェックが厳しくなるかもしれません。
具体的には、例えば、電子申告した場合の簡易審査(即許可)の率が減るとか、輸入通関書類の審査時に原産地証明書を要求される、現物チェック(税関検査)の頻度が増す、事後調査のときに特に契約書や発注書等の提示を求められるなど、が考えられます。
輸出は輸出貿易管理令の改正等により規制する。
次に輸出に関する対ロシア制裁の説明ですが、その前に、一度、日本の外為法による輸出規制を簡単に振り返ってみます。
輸出貿易管理令においては、「別表1」に掲げられた大量破壊兵器や武器関連貨物(リスト規制貨物及びキャッチオール貨物)の安全保障貿易管理制度と、「別表2」において、健康被害が懸念される化学物質など、武器以外の品目と地域を指定した輸出規制の二つに大別できます。
このうち、別表1のリスト規制貨物の場合は、原則として輸出の都度、税関への輸出申告の前に、まず経済産業大臣に申請して、その事前の許可を受ける必要があります。
そして、この場合、相手国が厳格に輸出管理している国である場合や、輸出先が武器の製造等を行わない者(需要者)であること、武器の製造や兵器等として使用されないこと(用途)が確実な場合に限って輸出の事前許可がなされる、という運用になっています。(キャッチオール規制貨物の説明は、今回、本論ではないので省略します。)
また、この事前許可に当たっては、輸出者が厳格な輸出管理をしているとしてあらかじめ経済産業省から認められた者である場合には、輸出の都度ではなく、仕向地や貨物を指定して「包括許可」を取得することができます。
輸出規制の第1段は「リスト規制貨物」の審査の強化。
さて、本年2月26日に実施された対ロシア制裁としての輸出規制においては、経済産業省は、「運用通達」等を改正しました( → こちら)。実施は、3月5日からです。
その内容は、ロシア全域とベラルーシの2国向けの貨物を対象として、
- 包括許可の対象外とする
- 許可申請に当たっての提出書類を厳格にする
- 許可申請の窓口を経済産業省の本省とする
というものです。
この取扱いは、経済産業省での審査基準を、アフガニスタン、イラク、イラン、スーダン、ソマリアなどの紛争地域と同じ基準にしたということになります。
なお、外為法上の輸出は「船積み」の時点であるので、税関での輸出許可(通関)の日が輸出規制の実施日より前でも、実施日以後の船積みはアウトですから注意が必要です。
輸出規制の第2段は、輸出令別表第2の3を追加して広範囲に規制。
次に政府は、ロシアとベラルーシに対する輸出規制の第2段階として、3月11日に、次の4つの措置をとりました( → 経済産業省の公表内容)。いずれも、実施は3月18日からとなります。
「リスト規制」貨物の輸出を禁止。
まず第1に、輸出令に、新たに「別表第2の3」を設けた上で、ロシアとベラルーシを仕向地とする「リスト規制貨物」(輸出令別表1の1の項から15の項までの貨物)を、この「別表第2の3」の中に掲げ、要承認貨物に加えました( → 輸出令改正に係る新旧対照表)。
これにより、大量破壊兵器や武器の製造等に使用される可能性のある品物は、需要者要件や用途要件をクリアした場合であっても、輸出の承認をしないことで、全て実質的に輸出禁止とすることができます。
軍事力の強化につながる汎用品の輸出を禁止。
次に、ロシアとベラルーシを仕向地とする次の32品目(32番目の貨物は、ベラルーシ向けを除く)の貨物のうち、経産省令で定めるスペック以上のもの( → 経産省令15号)を、同様に「別表第2の3」に掲げて要承認貨物としました。
- 集積回路、アナログデジタル変換器、マイクロ波用機器及びミリ波用機器の部分品、弾性波を利用する信号処理装置及びその部分品、一次セル、二次セル、太陽電池セル、超電導電磁石、超電導材料を用いた装置並びに放電管
- 電子式の試験装置、アナログ方式又はデジタル方式の記録装置並びにオシロスコープ及びその部分品
- 周波数変換器、質量分析計、フラッシュ放電型のエックス線装置及びその附属装置並びにこれらの部分品、パルス増幅器、信号発生器、遅延時間測定装置、クロマトグラフ並びに分光計
- 半導体素子、集積回路及び半導体物質並びにこれらの組立品の製造用の装置並びにこれらの部分品及び附属品
- 半導体素子、集積回路及び半導体物質並びにこれらの組立品の試験装置及び検査装置並びにこれらの部分品及び附属品
- レジスト
- 電子計算機及びその附属装置並びにこれらの部分品
- 通信装置並びにその部分品及び附属品
- 8.に掲げる貨物の試験装置
- 通信装置用の光ファイバーの材料となる物質
- 暗号装置及びその部分品
- 音波を利用した水中探知装置及び船舶用の位置決定装置並びにこれらの部分品
- 光検出器及びその部分品並びに光検出器を用いた装置
- 電子式のカメラ及びその部分品
- 光学フィルター並びにふっ化物のファイバーケーブル及びその部分品
- レーザー発振器
- 磁力計及びその部分品
- 重力計
- レーダー及びその部分品
- 信号処理装置(弾性波を利用するものを除く。)
- 16.に掲げる貨物及びその部分品の試験装置、検査装置、製造用の装置及び工具並びにこれらの部分品及び附属品
- 光検出器用の光ファイバー及び光検出器の材料となる物質
- ふっ化物及びこれを用いて製造した光ファイバーのプリフォーム
- 慣性航法装置、方向探知機及びアビオニクス装置並びにこれらの部分品
- 航法装置及びアビオニクス装置の試験装置、検査装置及び製造用の装置
- 船舶、水中用の観測装置その他の水中における活動用の装置及び潜水用具並びにこれらの部分品及び附属品
- ディーゼルエンジン並びにトラクター並びにその部分品及び附属品
- 航空機及びガスタービンエンジン並びにこれらの部分品
- 落下傘(可導式落下傘及びパラグライダーを含む。)並びにその部分品及び附属装置
- 振動試験装置及びその部分品
- ガスタービンエンジンの部分品の測定装置、製造用の装置及び工具並びにこれらの附属品
- 石油精製用の装置(ロシアを仕向地とするものに限る。)
これにより、ロシアとベラルーシの軍事能力が強化されうると考えられる汎用品の輸出を止めることができます。
ウクライナの親ロシア地域への輸出を禁止。
3つ目に、ウクライナの「ドネツク人民共和国」を自称する地域と、「ルハンスク人民共和国」を自称する地域を仕向地とする全ての貨物を、輸出令第2条の要承認貨物に加えました( → 経産省告示45号)。これらの地域に向けたあらゆる貨物の輸出を止めることができます。
ロシア国防省等との取引に関する貨物の輸出を禁止。
最後に、4つ目として、ロシアとベラルーシの特定の団体との直接又は間接の取引に関する輸出貨物について、輸出令第2条の要承認貨物としました。
この特定団体は、3月1日付けで外務省告示により資産凍結等の対象として指定された「ロシア連邦の特定団体」( → 49団体)と同じで、ロシア連邦保安庁、国防省等の政府機関のほか、ロシアの造船所や航空機メーカー、大学や研究所等が含まれます。
(ロシア連邦の特定団体は、2022年3月25日付けで拡大され(→ 拡大された団体の明細)、合計130団体となっています。)
また、ベラルーシの特定団体も同様に、「ベラルーシ共和国国家軍需産業委員会」と「ミンスク装輪牽引車工場」の2団体が公表されています( → 外務省告示)
承認手続の運用面や税関の対応にも注意が必要。
こうした輸出禁止措置に関連して、運用面では、もう少しきめ細かい対策が講じられています。例えば、輸出令別表5に定められている適用除外品目(無償の商品見本や宣伝用物品、無償の再輸出品や再輸入品など)から、ロシアやベラルーシ、ウクライナの一部地域向け貨物は除かれました。
一方で、原則として制裁対象貨物は輸出の承認がされない中で、食品・医薬品、人道支援の目的で輸出するもの、海洋の安全に関するものなど8項目の品物については、承認する場合があるとしています( → 輸出注意事項2022第10号)。
また、先に説明した輸入貨物に係る税関の審査、検査及び調査の強化に関する動きと同様に、輸出申告貨物に係る税関の審査や検査等も、「迂回輸出」を阻止する目的で、やや強化される可能性があることにも注意が必要です( → ロシア等への輸出禁止措置の伴う税関の対応)。
特に、輸出貨物は、船積みの「カット日」があらかじめ決まっているケースが多いため、仕向地によっては、モノの移動や輸出通関手続を他の貨物より早めに行うなどの工夫が求められます。
ロシアの戦術核兵器や化学兵器の使用はありうるか
ロシアが戦術核兵器を使用する可能性を示唆しています。また、化学兵器を使用するかもしれないと予想する向きもあります。
本来、輸出令「別表1」に掲げられた「リスト規制貨物」は、そうした非人道的な(武器はすべからく非人道的だと思いますが、特にこうした卑劣な)武器を使わないよう、減らすよう管理する次の4つのグローバル・レジームが基本になっています。
- WA(ワッセナー・アレンジメン)
- NSG(原子力供給国グループ)
- AG(オーストラリア・グループ)
- MTCR(ミサイル関連技術管理レジーム)
WAは、紛争地域等での紛争拡大やテロ組織への武器の流入を抑止するために通常兵器や関連汎用品、技術の輸出管理を行う仕組みです。
欧米諸国や日本、韓国をはじめ、ウクライナとロシアも参加しています。ベラルーシ、中国、ブラジルなどは参加していません。(→ 外務省によるWA説明)
NSGは、核原料物質や核実験設備、核兵器の製造設備等に使用できる汎用品等の輸出管理を行う仕組みです。
このレジームには、欧米諸国、日本、ウクライナ、ロシア、ベラルーシ、中国など、ほぼ全ての国が参加しており、主要国ではインドだけが参加していません。(→ 外務省によるNSG説明)
AGは、イラン・イラク戦争を契機として創られた、化学兵器と生物兵器の原材料や製造設備の輸出を管理する仕組みです。
これには、欧米諸国、日本、ウクライナ等は参加していますが、ロシア、ベラルーシ、中国などが参加していません。(→ 外務省によるAG説明)
最後のMTCRは、大量破壊兵器を攻撃相手に打ち出すミサイルやその部品、製造設備の輸出を規制するものです。
このレジームには、欧米諸国は日本、ウクライナなどのほかロシアが参加する一方、ベラルーシ、中国などが不参加の状態です。( → 外務省によるMTCR説明)
また、多くの方が既にご承知のように、2017年に国連総会で採択され、2021年1月に発効した核兵器禁止条約( → TPNW)に日本は不参加ですが、そもそも米英仏、ロシア、中国を含む核兵器保有国は参加していません。
だから大丈夫だとか、だから心配だとか、あの国は信用できないとか、誰かを信じたいとか、こうした仕組みだけで何も言えないということは分かっていますが、世の中のこうした平和を志向する心は、どの国の国民にもあると思いたい。
ご意見やご質問などがございましたら、当方の業務内容やプロフィールに一度目を通されて、どうぞ、電話やメールで、お気軽にお寄せください。(→ お問い合わせ)
また、私は輸出入通関手続の全般に関して、実務上の問題点の洗い出しや課題の解決に向けたアドバイスが可能です。詳細は、こちらをご覧ください。(→ 貿易・通関・保税に絡む問題を解決したい GTConsultant.net )
(最終更新:2022年4月25日 午後4時00分】
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