今から5年前、2016年5月の早朝、日本各地の約1,800台のコンビニATMで、約1,600枚の偽造カードが一斉に使われ、南アフリカスタンダード銀行の口座から、現金約18億6千万円が不正に引き出された事件がありました。
このときの偽造カードは、偽造カードの状態で密輸入されたものだっただろうと推測できます。
また、例え、この偽造カードがカード情報をいれていない「生カード」で密輸入されたものであったとしても、関税法上の「輸入してはならない貨物」に該当します。
前回、関税法第69条の11第1項に規定する「輸入してはならない貨物」として、
- 第1号 麻薬及び向精神薬、大麻、あへん(阿片)及びけしがら(芥子がら)、覚醒剤(覚醒剤原料を含む。)、あへん吸煙具貨幣
- 第1号の2 指定薬物
- 第2号 拳銃、小銃、機関銃、砲、銃砲弾、けん銃部品
- 第3号 爆発物
- 第4号 火薬類
- 第5号 化学兵器の原料物質
- 第5号の2 病原体
を解説しました。(→ 輸入してはならない貨物を知ろう)
今回は、前回に引き続き、「輸入してはならない貨物」の後半を解説します。
貨幣、紙幣等の偽造品等
同項の第6号には、「貨幣、紙幣若しくは銀行券、印紙若しくは郵便切手又は有価証券の偽造品、変造品、模造品並びに不正に作られた代金若しくは料金の支払用又は預貯金の引出用のカードを構成する電磁的記録をその構成部分とするカード(その原料となるべきカードを含む。)」が掲げられています。
貨幣は、1円玉から5百円玉までの現行貨幣の他、天皇陛下御在位60年記念10万円金貨などの記念貨幣も含まれます。わが国で、記念貨幣は結構多くの種類が発行されているので(→ 記念貨幣一覧(財務省))、偽造品を見分けるのは大変です。
かつて、今流通している5百円硬貨が出回り始めた平成の中頃に、韓国の5百ウオン硬貨を変造した品物が沢山密輸されて、税関が取締りを強化したこともあります。
また、先ごろ、日本政府が、今年の11月を目途に新5百円硬貨を発行すると発表しました。二色構造の新硬貨は、今から手に取るのが楽しみですが、勿論、その偽変造対策もしっかりなされていると聞いています。
ちなみに、「偽造」とは、本物とそっくりに作ることです。一時、某国政府が作って大量に出回った偽ドル紙幣のSuper Kや、Super Noteは、本当に精巧に作られていました。
「変造」とは、本物を作り変えることで、先に紹介した5百ウオン硬貨の変造を含みますが、1枚の紙幣を切って複数枚に見せるなどの細工が考えられます。
「模造品」とは、お金に似せたもので、まあ、おもちゃのようなつくりのものだと言えるでしょう。
紙幣ですが、日本では、日本銀行券を紙幣として発行しています。2024年度には、今の1万円札のデザインは渋沢栄一になります。毎週欠かさず見ている某局大河ドラマの主役の顔がお札になるかと思うと、確かに、親しみも湧きますね。
全国の税関では、大量の社債や〇〇券などの有価証券も摘発されています。(→ 令和元年6月13日名古屋税関発表、有価証券3,994枚の例)。
私としては、偽変造しやすいことや、額面が大きいことから、偽札や偽硬貨よりも、偽有価証券の方が、日本経済への悪影響は大きいと思っています。
偽造カードの方は、冒頭でご紹介した偽造キャッシュカード事件がマスコミでも大きく報道されましたが、この他にも、日本で発行されたクレジットカードの偽造品による被害額は、海外での使用も含め、毎年、数十億円単位に及んでいます(→ 日本クレジットカード協会調査結果)。
もっとも、最近は、カードそのものの偽造よりも、カード情報の盗用(フィッシングメールなどでカード番号や暗証番号を引き出す手口)による被害が増加しており、2020年の被害額は220億円を超えています。
まあ、犯罪者にとっては、偽造より盗用の方が簡単で手間がかからないのかもしれません。
公安又は風俗を害すべき書籍等
第7号に、公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品が掲げられています。
ここで言う「公安を害すべき」物品は、「破壊活動防止法」第4条に定める「暴力主義的破壊活動」の対象となるものです。
つまり、刑法上の「内乱」(刑法第77条:首謀者は死刑又は無期禁錮)と、「外患誘致」(同第81条:死刑)、さらに「外患援助」(同第82条:死刑又は無期若しくは2年以上の懲役)の、三つの犯罪の実行の正当性又は必要性を主張した文書等をいいます。
勿論、破壊活動防止法でも、こうしたものを印刷し、頒布し、又は公然掲示することを、罪(5年以下の懲役又は禁錮)と定めています。
風俗を害すべき書籍等とは、いわゆる「わいせつ物品」のことで、以前の当サイトのブログ(→ 「輸出してはならない貨物を知らないと」)でも少し触れました。
はっきりとした定義がある訳ではなく、刑法第175条やその判例によって、性器や性交の場面がある図画や写真等で、芸術作品とは認め難いもの、と解釈されています。
だから、芸術作品かどうかという点で、輸入者と税関の考え方、或いは貨物そのものの形状や用途によって争いが生じ、不服申立てや行政争訟では、専門家や裁判官の主観でひっくり返ることもあり得る訳です。
密輸の形態としては、次号の児童ポルノを含め、SDメモリーカード等の記憶媒体やデジタルデバイスが増加しており、世界中で、水際での摘発は益々困難になっていると言えます。
児童ポルノ
第8号に規定される「児童ポルノ」は、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」(→ こちら)第2条に定義されるものです。
先の当方のブログ(→ 「輸出してはならない貨物を知らないと」)で説明しているものが、輸入する場合も規制されるということなので、そちらをご参照ください。
特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権、回路配置利用権又は育成者権を侵害する物品
第9号には、特許権、実用新案権、意匠権、商標権は、著作権、著作隣接権、回路配置利用権又は育成者権を侵害する物品が規定されています。
このうち、育成者権については、輸出のところで説明したように、本来、我が国で長い年月と多くの人の苦労により開発された新品種のイチゴやブドウなどの種苗が密輸出され、中国など海外で栽培、出荷されてしまうことを防止するものです。
種苗法が元にあるので、「和牛」などの動物に係る同種の事例である「牛の受精卵等の不正輸出」には使えず、こちらは、関税法第111条の無許可輸出罪で摘発されているのが現状です。
つまり、育成者権は密輸出の防止を主体であり、特許権を含むその他の知的財産権は密輸入の防止に主眼を置いていると考えています。
「特許」とは、特許法に基づく「新規の発明」です。
「実用新案」とは、実用新案法に基づく「発明とまでは言えない考案」です。
「意匠」は、意匠法に基づく工業デザインを、「商標」は、いわゆるトレードマークのことを言います。
「著作権」は、文芸や音楽などの創作者の権利で、「著作隣接権」は、その著作物の実演やCD等の制作、放送を行う権利であり、いずれも著作権法で保護されています。
「回路配置利用権」は、「半導体集積回路の回路配置に関する法律」に基づく権利で、半導体の回路配置の創造性を保護するものです。元々は米国で規制が始まり、日本もこれに倣ったものです。
これらは、それぞれの法律で、「マネをされない権利」が保護されています。
不正競争防止法第2条第1項第1号から第3号まで、第10号、第17号又は第18号に掲げる行為を組成する物品
最期に、第10号で、不正競争防止法で規制される行為を組成する物品が掲げられています。この号に該当する品物は、次の5種類ですが、今回は、それぞれを私なりに、一言で表現してみました。
周知表示混同惹起物品:
例えば、一つの商品としてその利用者の間で広く認識されているものと同じ表示を使用することで、利用者にその商品との混同を生じさせるもの
著名表示冒用物品:
例えば、広く一般に他人の商品の表示として著名であるものを、自己の商品表示や看板として勝手に使用するもの
形態模倣品:
他人の商品の形態をまねて作った粗悪な商品など
営業秘密侵害品:
不正手段によって他者の営業秘密を取得した後、これを自ら使用するとか、第三者に高く売るなどの行為を具体化するもの
技術的制限手段無効化装置等:
アクセス等が制限されているテレビ番組やゲーム・コンテンツについて、その視聴や利用を不正に可能化する装置など
知財侵害物品は、数多く水際で差し止められている
上で解説した、第9号の知的財産侵害物品と、第10号の不正競争防止法組成物品については、税関ホームページの「知的財産ポータルサイト」(→ こちら)が詳しいので、是非、ご参照ください。
また、毎半年ごとに、財務省のホームページで輸入差止実績も公表されている(→ 「知的財産侵害物品(コピー商品等)の取締り」)ので、こちらも見ていただければ、どういったニセモノが入ってきているかがよく分かると思います。
勿論、悪質な事犯は、犯則事件として摘発され、摘発発表されていますが、意外なニセモノが世の中には出回っています。
通販サイトなどで、極端にお安いものにはくれぐれもご注意いただきたいと思います。(ご参考→ 「EC、ネットショップでニセモノ(偽物と偽者)をどう見分けるか」 )
罪悪感には個人差がある
ここまで見ていただいてお分かりのように、「輸入してはならない貨物」の後半に掲げられているものは、特に、若者の間では、社会への悪影響を過小評価する傾向があるように思います。
でも、仮に、空港の税関で、郵便物を扱う税関で、航空小口貨物を使う税関で摘発されると、税関の調査が入ることになるでしょう。
また、こうした品物は、組織犯罪になる場合も多く、大きな事件に発展する可能性があります。
単に組織に利用されたと言い訳しても、社会人として、不注意は咎められるかもしれません。
前回も申し上げたように、特に、新型コロナ禍で、在宅勤務やリモートワークが増えたいま、日常生活の比重が会社から個人の自宅や自室に移り、気持ちが緩みがちになった若手社員が犯罪組織に狙われる可能性は大いにあると思っています。
或いは、誰でもそうした罠に落ちる恐れがあると言えます。
こうしたことの未然防止には、十分な社員教育が欠かせません。
また、従業員に万一のことが発覚したときに、「輸出又は輸入してはならい貨物」に関する教育実績がない、或いは十分でないと判断されることは、それ自体、輸出入者、通関業者、保税事業者としては大きなリスクになります。
私も、そうした教育については、ご相談に応じています。(→ 貿易・通関・保税に絡む問題を解決したい GTConsultant.net )
最初のご相談、ご質問(1時間程度)は無料です。
ご希望の方は、当方の業務内容やプロフィールに一度目を通されて、どうぞ、電話やメールで、お気軽にご照会ください。(→ お問い合わせ)
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